オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

国内部門 最優秀オーツキ賞 「メンタル ディスタンス ~have warm heart~」
群馬県  小暮 愛子(42歳・女性)

 本来ならばオリンピック・パラリンピックで世界が一つとなって沸き立つはずだった2020年。新型コロナウィルス感染拡大を受け、世界中の人が恐怖に怯え、不自由な生活を強いられることとなりました。目に見えないウィルス、メディアが伝える溢れんばかりの情報に神経がピリピリしつつも、全盲の私には介助者との濃厚接触がどうしても避けられません。群馬県内の福祉事業所で職員の感染者が出た時には既往症のある父や同行してくれるガイドヘルパーさんのご家族のことが頭を過り、通院を控えました。パートナーである盲導犬のコニーと一緒にスーパーへ買い物に行く際も今までは店員の方に買い物をサポートしてもらっていたのですが、店全体が戦々恐々、とても依頼をできるような雰囲気ではありません。日本盲導犬協会がユーザー262人に行った聞き取り調査でも私と同じようにコロナウィルスの影響を受け、社会のサポートを受けにくい、外出がままならないという回答が多くありました。まるで「ソーシャル ディスタンス」と共に「メンタル ディスタンス・心と心の距離」までもが広がってしまったかのようで、言いようのない寂しさが襲いました。かと言って家に閉じこもってステイホーム中の夫と子供達の為にとエンドレスな家事と闘い続けることにもほとほと疲れ、何もしゃべりたくないと思う時さえありました。

 そんな鳥籠の中に入ってしまったかのような生活の中で、心が温かくなったのは同じ視覚障がいを持つ友達を近くに感じた時でした。誰しもが思うようにいかない状況にあって、気にかけてもらえたことが嬉しくて元気をもらいました。私達視覚障がい者にとって、直接会うことが難しいのは何もこの非常時に限ったことではありません。もともと多くのバリアと共に生活していることで、不自由さの中で人を思いやる気持ちや羽を伸ばす術(すべ)を自然と身につけているのかもしれません。

 読書家の友達からお勧めのデイジー録音図書(音訳図書)を紹介してもらって、今まで存在すら知らなかった、けれども自分にとってとっても大切な本と出会うことができました。作品を読み終わったあとに友達と感想を話すことも本を読むことと同じくらい大切な時間となりました。

 それから、新たな経験がニューノーマルになっていき、外の世界へ出なくても鳥籠の中がまるで遠くまで見渡すことのできる自由な空間に感じられるようになりました。今まで行ったことのない場所を旅して、新たな出会いや経験が増えていくかのようです。月に一度通っていた英会話レッスンが借りていた施設の休館によりグループライン通話で再開することに。公共交通機関が不便な地方都市では単独の移動は難しく、ガイドヘルパーや家族の手を借りて集まることから、月に一度の開催がやっとの思いでした。ところが、グループラインを使うようになってからは先生の都合がつく時に、参加したい人だけで気軽にクラスに入れるようになりました。レッスン以外の時は、ラインのボイスメッセージ機能を使って日常のあれこれを英語で話し、録音したものをサークルの仲間にシェアします。牛乳パックを使って作る苺のアイスケーキ、白ワインにたっぷりフルーツを入れるスペインのサングリア。簡単で美味しいレシピを皆から紹介してもらって家族と一緒に作って食べました。作った感想を英語で吹き込み、その返事がまたボイスメッセージで返ってくる。思うように会えなくても、こうして心と心の距離が近ければ、温かい気持ちになれるんだと友達や仲間の存在に心から感謝しました。

 世界中の共通認識として、「ソーシャルディスタンスを取る」と言うことはコロナウィルス感染防止の為にはとても重要とされています。ただ、そうした物理的な距離はどうしても心の距離「メンタルディスタンス」を作ってしまいがちなように思います。介助者との接触が不可欠である視覚障がい者にとってこの状況があまりに厳しいということは前述の通りです。例え健常者であったとしても生きずらさや孤独感を感じ、メンタルバランスを崩してしまう方も多いとニュースで耳にします。誰しもが苦しい状況であるならば、元気をもらった人から周りの人に温かな心で関わっていけたら、どんなに素敵でしょう。「ソーシャルディスタンス」が必要であるならば、「メンタルディスタンス」はより一層大切なものなのだと今回教えられました。

 Have warm heart! 温かな心を持とう!!

 これは目が見えても見えなくてもできること。人種も性別も関係なく、できる人からほんのちょっと誰かのことを想うだけでできること。

 2020年、未だ終わりが見えぬウィルスとの闘いに打ち勝つために必要なのはワクチンや特効薬だけではなく、私達自身の中にもあるのではないでしょうか?