オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST


シニア・グループ ヨーロッパ地域 佳作
「ドット(点)からの挨拶」
ドイツ アンネ・コチャネック(47歳・女性)
年老いて痩せ細った手。封筒を開ける指がこきざみに震えます。中には手紙が入っていました。点字で書かれた手紙です。ほとんど見えない目で、なんとか読もうとしましたが、やはり読めません。看護師が差出人の住所を読んでくれました。「ウッドストリート。ファム、サンデー22」。それは、私が住んでいる高齢者施設からはそれほど遠くない場所です。でも、いったい誰が、私に手紙を書いてくれたのでしょう。
ラジオでレポーターが、ある活動について話していました。新型コロナウィルス感染症の拡大のために、訪問者を受け入れることができなくなった高齢者に、子ども達が手紙を書くという活動でした。
強くなぞると点字がこわれてしまうのではないかと思い、1行目をそっと指でなぞりました。「こんにちは」と読めます。一字一字読んでいきました。
「コロナウィルス感染症が発生する前に、私達は学校で点字を学びました。視覚障害者のご夫妻が教えてくれたのです。自分達でも点字を書けるようにと、点字タイプライターが学校にきました。先生が、点字タイプライターを家に持って帰って練習したい人はいるか、と聞いたので、私は「はい!」とすぐに手を上げました。
その後コロナウィルス感染症が発生し、今はずっと自宅にいます。点字はすばらしいですね。すぐに覚えました。ルイ・ブライユというフランス人が発明した方法だと、そのご夫妻から聞きました。年をとってから視覚障害者になる人が多い、と先生が言っていました。皆さんの中に点字が読める人はいますか。もしいたら、是非返事を書いてください。ドットより」
頭痛がしていたので、しばらくじっとしてから、なんとか手紙を読みました。何年も前ですが、先生が私に辛抱強く点字を教えてくれたことがありました。でも、私は反発して、ほとんど見えない目でなんとか文字を読もうとしました。結局、あきらめました。その手紙をもらうまでは。
手紙を開けて、三つ編みの少女は目で点字を読み始めます。
「こんにちは、ドット。手紙をありがとう。私は点字の読み書きがまだうまくできません。ちょっと教えてほしいのですが、あなたは何歳ですか。ハ・リより」
「ハ・リ、こんにちは。返事を書いてくれてありがとう。点字タイプライターを使うととても速く書けます。私は9歳と299日です。あなたは何歳?ドットより
追伸:点字で絵文字が打てますか。」
「ドット、こんにちは。毎日、指で読み書きの練習をしています。目はほとんど見えません。まだアルファベットを完全には覚えていません。私はなんと91歳です。ハ・リより
追伸:私も点字の絵文字はわかりません。でも、私の気持ちはあなたに届いていると思います。」
「ハ・リ、こんにちは。おもしろい名前ですね。私達が文通をしていると知って、母はとても喜びました。私がいつも忙しそうだと母は言っています。私達の手紙は、私達以外は誰も読めませんね!ドットより」
「ドット、こんにちは。私達が家族だったらよかったのにと思います。ドットにはおじいちゃん、おばあちゃん、ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんはいますか。残念ながら私には孫はいません。ハ・リより」
「こんにちは、ハ・リ。もしあなたの写真があれば送ってもらえませんか。私は小柄で、ブロンドの髪を小さな三つ編みにしています。また手紙を書いてね!ドットより」
「こんにちは、ドット。あなたは間違いなくかわいいと思います。あなたの姿を頭の中で思い浮かべています。私は自分の写真は持っていませんが、娘の古い写真ならあります。でも、娘はもうこの世にはいません。娘の写真を同封します。とても美人で、頭がよくて、あなたと同じブロンドの髪を三つ編みにしていました。ハ・リより」
「ハ・リ!伝えたいことがあるの。ハ・リの娘さんの写真を見ていた時に、母が部屋に入ってきて、「誰の写真?」と聞いてきたので、写真を見せてハ・リのことを話しました。すると、母は突然その写真を奪い取って「信じられない!」と叫びました。赤いメルセデス。そのメルセデスがご自慢だったおじいちゃんのことなど、何かぶつぶつ言っていました。「おじいちゃんは目がほとんど見えなくなったの。10年前に事故にあったから。スピードを出しすぎていて。あなたがまだ私のお腹の中にいた時よ。お母さんのお母さん、ジュリアおばあちゃんが一緒に車に乗っていて、病院に運ばれたけれど、亡くなったわ」。そう言って、母は私から視線を外して泣き出しました。
ハ・リ、もしかして、ハ・リは私のひいおじいちゃんなの?私にはおじいちゃんも、ひいおじいちゃんもいない、と母は言っていたけど・・・。事故の責任はハ・リにはないのでしょう?誰かに衝突されたのでしょう?母からはすぐに文通をやめるようにと言われました。ドットより」
「ハ・リ、元気ですか。私の質問に答えて!私はこっそり点字タイプライターを地下の部屋に持ってきたの。そのことは誰も知らない。ハ・リに会いに行きます。チョコレートケーキを持って。いいでしょう?ドットより」
2週間後の日曜日の朝。三つ編みをした少女が外に立っていました。目を閉じて、黒い鳥のさえずりを聞きながら、顔にふりそそぐ日の光を感じていました。一人の女性が少女に駆け寄りました。
「ドットなの?あなたの本当の名前は知らないけど。私の名前はアンジェラ・スミス。パークアベニューの高齢者施設の看護師よ。
これを。ハンス・リチャード・バーカーから」
「ハ・リ?」少女は目を開けました。
「ハ・リはどうしているの?なぜ返事を書いてくれないの?何かあったの?」
「残念なことに・・・」と言って、スミスは少女に封筒を差し出しました。「昨夜、亡くなったの」
「アニカ!」と母親が台所の窓から呼んでいます。少女はそれには応えず、走って地下室に行きました。電気をつける必要はありません。指で点字を読む方が好きだったからです。震える手で封筒を開けました。中には小さなパールがついたネックレスが入っていました。それと点字の手紙。
「ドット、こんにちは。ルイ・ブライユがこのすばらしい発明をしてくれたことに感謝しています。でも、何よりも、あなたが私の孫だということを教えてくれた点字とドットに感謝しています。このネックレスはジュリアおばあちゃんのもの。ドットにつけてほしいと思っています。ハ・リより」