オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

アジア・太平洋地域 ジュニア・グループ 佳作 「視覚障害者が描く絵画」
タイ  ウェルート・バルボン(16歳・男性)

私は生まれつき目が見えなません。最初は右目で色、光、影を見ることができましたが、3歳の頃、完全に視力を失ってしまいました。最近は、右目も、ほとんど光を見ることができません。

仲間の視覚障害児の多くが、音楽の原動力である癒しの力に大きな影響を受けてきたのとは対照的に、私の人生の歩みは、少し遅れて始まりました。にもかかわらず、音楽は私の人生に最も大きな影響を与えてくれてきました。それどころか、かなり幼い頃から、音楽に深く心を動かされてきた思い出があります。例えば、ポップスやヒップホップの曲が、私の体の中に震えるほどの感動を呼び起こします。それは陶酔するほどの至福の体験です。

私が12歳の時、両親が、視覚障害者を教えることに熱心なピアノ教師を見つけてきてくれました。そのおかげで音楽に対する関心が大いに高まりましたが、両親はそのことに気づいていませんでした。両親は単に、私が楽しめるものを与えようとしていたのです。ピアノ教師は点字の楽譜を読めず、私も同様でした。そこで先生はレッスンの間じゅう、私の指を取って鍵盤の上をなぞらせ、私が暗譜するまで、私と一緒に曲全体を繰り返しました。

そして本当の突破口は、その頃訪れたのです。お気に入りのサッカー専門ラジオ局を聴いていたとき、DJが「ハイウェイ・スター」というロックの楽曲と共に、番組をスタートさせました。それは胸を締め付けるほどエネルギッシュで、それ以来、激しいオルガンとギターの演奏が、心から離れなくなってしまいました。その時から、耳にしたロックの楽曲のキーボードパートを書き起こし、ピアノをキーボードに見立てて練習しました。

やがて両親からエレキギターを始めるように勧められ、喜んで従いました。ギターの先生はとても心の広い人で、私は先生に教えられた多くの音楽スタイルを今も楽しんでいます。私がロックを好きだと知っている先生は、楽譜の読み方を教えることにはあまりこだわらず、代わりに、耳コピや、Ultimateguitar.comのようなサイトからコードを学ぶ方法を教えてくれました。

ブルースやジャズを教わったときは、すぐさまそれらが好きになり、ますますこの練習方法が気に入るようになりました。このようなジャンルで、即興演奏する能力を磨き、自分の思うままに、感情表現することができるようになりました。これは、目の見える人が、絵を描き、芸術作品を制作する際にやっていることと同じだと思います。その後、私はさらに練習を重ね、ギターの腕前を上げていきました。やがて先生の主宰する音楽スクールのステージで、演奏するまでになったのです。私は自信を深め、家族も褒めてくれるようになりました。

目の見える学友は、私の音楽に対する興味とギターの腕前を知ると、最初はとても驚き、そして応援してくれました。音楽の先生から、目の見える仲間と一緒に、毎週学校の礼拝で演奏するように頼まれ、当初は、礼拝曲を演奏する自信がありませんでしたが、友人たちに助けられ、自分も覚悟を決め、うまく演奏することができるようになりました。先生は放課後に練習を手伝ってくれました。私のパソコンの音声ソフトが楽譜の読み上げに対応できていなかったため、先生は私の携帯電話に、ギターのコードを入力してくれました。演奏が終わると、みんなが私のもとにやって来て、「目が見えないのに、どうやって出来るの?」と聞いてきたのです。これは、視覚障害者が、いかに晴眼者と同様に多くの方法で学ぶか、そして時に、技術を活用する必要があることを、目の見える人達に説明する良い機会となりました。

今年に入り、私は友人たちとバンドを結成し、学校のタレントショーで演奏しました。私はこのロックスタイルのバンドでリードギターを演奏して3位に入賞し、審査員からも高い評価を受けることができました。このイベントで大変珍しかったのは、審査員を始め誰も、私の視覚障害について触れなかったことです。

自分の視覚障害や自分ができることについて触れられることは、個人的には気にしないが、目の見える音楽仲間が、私の視覚障害を極めて普通のこととして受け入れたのは、とてもかっこいいと感動しました。こうした傾向が、ミュージシャンでない人たちの間でも、ますます普通になってきたと感じ、勇気づけられています。

このように、音楽に対する愛が、私の時間を豊かに満たしてくれます。友人たちがゲームを楽しむ一方で、私は携帯でニューオーリンズのジャズを聴きます。イヤフォンを通して、他者と音楽を分かち合い、アコースティックギターを演奏するのです。学校でミュージシャンが必要とされるときはいつも、定期的に演奏しています。現在は、全国学校バンドコンテストの準備をしています。

率直に言って音楽は、私の人生で最も大切なものの一つです。将来の夢は、ジャズまたはブルースのクラブでセッションミュージシャンになり、いくらかの現金収入を得ることです。

何よりも重要なのは、目の見える人々に、視覚障害者も人生において何かを達成することができると伝えることです。すべての視覚障害者が音楽に情熱を注ぐ必要はありません。音楽に対する私の関心は、視覚障害者にとって、平等と成功に向けた努力の象徴となるでしょう。<./p>