オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

シニア・グループ ヨーロッパ地域 優秀賞 「点字は時代遅れという神話―技術の行き止まり」
ノルウェイ  ナン・スナルハイム(41歳・男性)

点字に親しんでいる私たちは、ルイ・ブライユによる素晴らしい発明である点字が、視覚的に書かれた言語の恩恵を十分に得られるだけの視力を持たない人々の多くにとって、他に代えがたいものであることを知っています。

音声読み上げや音声認識の技術が発展した結果、点字の読み書きを習うことは不要になったし、そもそも点字の読み書きは面倒なので、深刻な視覚障害を持った人々や全盲の人々は、「幸運なことに」もはや点字を読めるようになる必要はないという誤った議論によって、彼らを対象とした技術開発は妨げられています。特に専門知識を持たない人々は、音声で読みあげられた文章を聴いたり、音声で自分の文章を記録したりする方が易しいし、簡単だと思っています。教えるのに手間がかからないことや、特別な設備に人手がかからないことも重要な利点に数えられています。

書き言葉を使うことができる全ての人々は、読み書きを学ぶ権利を持っているはずです。今日のハイテク社会においても、読み書きができることはある種のステータスをもたらします。このようなスキルがあれば、知識を得る機会が増えるのはもちろん、自立して自分の人生を歩む能力を発揮することができます。社会でまともに活動する人間には、基本的に読み書きの能力が備わっていることが期待されています。視力が十分でなければ、既に社会参加はかなり限られてしまいます。書き言葉に触れる機会が減ると、生活はひどく困難になるでしょう。書き言葉をマスターすることは、教育や雇用の機会を得るための重要な要因です。従って、点字の積極的かつ機能的な利用のための健全な教育や促進策への投資は、社会にとって経済的に賢い取り組みです。点字を積極的に読む人の数が増えれば、現代的な技術の需要が伸び、技術開発環境の改善にもつながるでしょう。点字の地位向上に向けては、利用機会や用途を増やし、認知度を上げることが重要です。加えて、点字は時代遅れで、面倒な書き言葉であり、未来がない、という誤った思い込みを払拭することも重要です。

読み書きができることは、個人の言語意識にとって非常に重要であり、また、自己表現をコントロールする能力に影響を与えます。

言語の最小単位、言語がどのように構成されているか、単語と単語の相互作用が文の中でどのように機能するか、さらに、文章を展開する上で相互作用がどのような役割を果たすかなどについて、基本的に理解することが重要です。これらの分野における知識やスキルがなければ、コンピュータ技術を用いて、音声認識を応用した製品を作る際にも、満足できる結果が出せないかもしれません。

時々、文章の意味を全く変えてしまうような奇妙な言葉遣いやひどい誤りに苦笑させられることがあります。誰でもこのような間違いを犯すことはありますが、どんなに頑張ってもこのようなぎこちない文章しか出てこないとしたら、笑いごとでは済みません。文章を書いた経験に乏しく、音声認識技術のみを使って文章を創作する人の場合、これが現実になりがちです。読み書き能力の欠如は、音声に基づく技術のみによって補われるものではありません。そのような技術は社会的不均衡の拡大に貢献する可能性もあるからです。このようなことが行われると、人々は技術に関して、弱くて依存的な立場に置かれます。

「2つの耳と1つの脳」だけでは、講義を聴いたり、グループワークに参加したり、口頭発表をしたりするのに十分ではないことに、多くの人が気づいています。文章を自分で読めば、他の人に読んでもらうよりも内容がよく頭に入ります。このことは、私たちの意識や理解、そしてその結果としての読書体験に影響を及ぼします。文章全体の内容を把握できれば、「話の筋を見失った」ところに戻って、読みかえすことが容易になります。通常、点字を読むとスピードはいくらか遅くなりますが、それでも、文章の細かいところまで理解して、覚えておくのが容易になるので、テキスト読み上げ技術で読み上げられた文章を聴くよりも、繰り返しを行う必要が少なくなり、結局は時間の節約につながることを、多くの人が経験しています。自分で文章を書くときには、概要を把握することや自分が書いたものを自分で読めることが重要です。そうすれば、効率的かつ正確に推敲することができるからです。

点字は簡単な道具を使えば書けます。ですから、技術が使えなくなってもあまり困ることはありません。書き言葉では、技術に関係がない多くの文脈において、さまざまな標識や記号が使われています。視覚障害者の日常生活においては、このことがさらに重要になります。

本や文書を読むことから、プロジェクトの課題を行うこと、メモを取ること、やるべきことのリストを作ること、おもちゃやゲームを整理すること、家庭用品や薬、食品、衣服、重要書類、道具、工芸品にラベルを貼って識別することや、公共の場所での表示など、あらゆることに点字が使われています。子どもや孫に読み聞かせをしてやると、読書への動機付けをすることができますし、子どもたちと交わって心を通わせるよい機会にもなります。点字が使われる場面は他にもまだたくさんあります。このことからも、書き言葉が、日常生活における多くの様々な活動に参加するためにどれだけ重要かがわかるでしょう。

点字を器用に読めれば賞賛されます。電車の中やカフェ、公園のベンチなどで点字を読んでいると感心されます。しかし、無知や誤った通念は、まだしつこく残っています。教室や図書館の閲覧室、事務所やひじ掛け椅子の外に点字を連れ出せば、人々の見方を変えることができるかもしれません。点字に触れる機会を増やし、公共の場で点字がより広く使われるようにする運動を起こすには、勇気と力が必要です。読み書きができるということが、目の見えない人にとっても非常に大きな意味を持っていることを、世界中の人々に理解させなければなりません。

この素晴らしい書き言葉に人々の目を向けさせ、点字にかかわる技術開発を進めさえすれば点字という発明品は無限の可能性をはらんでいることを、知らしめるには、まだまだ多くの努力が必要です。音声技術は視覚障害者が日常生活において自由に駆使できる効果的なツールではありますが、書き言葉が内包する多くの機能の代わりにはならない、ということを理解してもらうのはかなり大変です。金槌がなければ釘が打てないことは、ほとんどの人々が理解しています。それなのになぜ、柔軟性や効率、正確さが求められる毎日の生活において、工具がそろった工具箱が重要であることがわかってもらえないのでしょうか。

読み書きができるということは、日常生活を営み、積極的な社会参加を行い、満足できる生活水準を保つために、本質的に必要です。その意味において点字は、技術開発に遅れをとらない限り、今後も書き言葉として貴重なものであり続けるでしょう。