オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

シニア・グループ ヨーロッパ地域 佳作 「点字の将来」
スイス  アラン・デコペット(66歳・男性)

私がよく聞かれるのは、「今日でも、点字は依然役立つものなのでしょうか?視覚障害者は、人工的な音声の出るコンピュータやスマホ、CDプレーヤーや、いろいろなフォーマットのオーディオファイルから、必要な情報が得られるようになっています。それなのに、なぜ今でも面倒な点字を使う必要があるのでしょうか?」という問いです。これは、点字の将来はどうなるのか、という問題であり、もしも音声機器が点字の代わりとなれることが証明されるのだとしたら、点字にはもはや将来はない、ということになります。

点字は使われなくなっていくだろう、と考える人は、点字が文字体系であることに気づいていない、と私は思います。そして、文字体系がなくなる、ということは、それを使う人たちを後退させることに他なりません。

確かに、文字体系ができたことで、文明の歴史は大きく前進してきました。文字によって、それまでに構築された知識が、正確に広く長期にわたって伝達、普及されてきたからです。その結果、人間社会は文字がなかった時代に比べて、ずっと速いスピードで進歩することができたし、文字を持つ社会がそれ以外の社会よりも優位を得てきたのです。

辞書で「文字体系」という言葉の意味を調べてみると、「標準化された記号によって話の内容や思考を永遠に残すために書き記す体系である」と書かれています。この一般的な定義を補ってより具体的にすると、文字体系とは、それを学習した人ならだれにでも直接(他の媒介を通さずに)解釈でき、羊皮紙、紙、コンピュータ画面、指でタッチする点字といった、新しいメディアの発明に順応できるべきものです。

そして、この定義にあるように、点字は視覚障害者の読み書きに実に適した体系となってきました。これまで様々な点字に代わるようなものの試みがされたにもかかわらず、どれも点字ほど適した体系はありませんでした。

その理由は、点字が指先で触れて読むための最適な文字だからです。ルイ・ブライユが天才的だったのは、紙面に突起した点の組み合わせなら、瞬時に認識できるということがわかっていたことです。一方、突出した線で表記された文字は、指で触って認識するのに、ずっと時間がかかってしまいます。点字の成功は、盲人達自身によってさらに利用が広がったことからも明らかです。それ以前からあった、ヴァランタン・アユイが作った視覚障害者用のアルファベットや、それの問題点を克服しようとイギリスのムーンが開発した視覚障害者ムーンタイプ(文字)などは、点字が生まれてからは使われなくなってしまいました。決まった寸法の長方形の中の6つの点からなる点字なら、指先で瞬時に感じることができるので、スムーズに読み進むことができます。コンピュータ点字で8点からなるものも知っていますが、7つ目や8つ目の点は時々しか使われないので、さほど読むスピードに影響はありません。

6つの点の組み合わせは64通り可能です(2の6乗)。なので、点字は通常のアルファベットの表記にも、とても適しており、世界中で広く使われるようになったのです。64通りあることから、点字はラテンのアルファベットを使う言語だけでなく、その他のアルファベットを使う、アラビア語、ヘブライ語、ギリシャ語、ロシア語などの言語の文字化にも適応してきました。私の個人的な経験でも、ブルキナファソの視覚障害者の識字プロジェクトとして、主言語であるモシ語の点字変換づくりに協力したことがあります。

このように、点字は指先を使っての読み書きに最適な文字体系です。点字のおかげで、視覚障害者にとって適切な形式で書かれた文書であれば、健常者とほぼ同じスピードで読むことができます。ここで「ほぼ同じスピードで」と書いたのは、通常彼らの読むスピードは健常者よりゆっくりで、全体を見渡す能力には限界があるからです。つまり、目が見えればページ全体を同時に視界に入れることができますが、視覚障害者がそうするには、数秒は必要だからです。

とは言え、点字のおかげで、目が見えなくても読み書きができます。これは重要なことです。もしそうでなければ、不可能な3つの重要なことを、視覚障害者みずから行うことができるからです。それらは、

  • 読んだ文書全体の広がりを把握し、その構成を理解し、そこに表現された概念の展開が理解できる。
  • メディアに添付することで、物理的に記録することが可能となり、その内容の見返しや、評価、とりまとめ、手直しなどが可能になる。
    こういうことは、簡単な文章でもなかなか大変なので、より複雑な内容であれば(点字がなければ)不可能です。とはいえ、クリエイティブなことを書く場合には、このような作業は重要です。
  • 新たな概念をより効果的に入手できる。
    例えば、外国語のつづりを覚え、その文法を学ぶ、又はいくつもの変数のある数学の方程式を解くためには、まずひとつの言語の読み書きを習得せずには不可能でしょう。

このような理由から、私は点字を教えることを強く支持します。視覚障害者にとって、点字が唯一の読み書きの手段だからです。人生の後半に視覚を失った場合に限り、点字を学習しないという選択もあり得ることは理解できます。しかし、視覚に障害のある子どもに、点字以外の視覚障害支援機器があるからという理由で点字を教えないというのは、全くの無責任だと思います。それでは、その子は読み書きができないまま、将来の社会参加や職業の可能性を狭めてしまうからです。コンピュータ技術のおかげで、視覚障害者にも、これまでは閉ざされていた知識を入手できる読み物は格段に増えたことも事実です。

点字が発明されてから、ほぼ2世紀になります。その間、点字も進化を遂げ、デジタル点字など、新たなメディアにも適応してきました。点字は、これまで視覚に障害がある人たちに知識を得る道を広げてきたように、点字に対する妨害などがなければ、点字は将来的にもきっとそうあり続けてくれることでしょう。