オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

シニア・グループ 優秀賞 西アジア・中央アジア・中東地域 「教育制度とカリキュラムが今日の市民を育て、明日の市民を育てる」
パキスタン  エステル・ジェイン(36歳・女性)

 教育は教えと学びのプロセスと定義されます。現代人には、競争の激しいこの世界を生き延び、前進するための一連のスキルが必要です。このスキルを教育と呼ぶことができます。

 教育は国が成長するために不可欠です。経済であれ社会であれ、この2つの重要な要素の成長には、教育が決定的な役割を果たします。

 一国の教育制度は、国益、経済の成長と発展、良き市民の養成や責任感の醸成、国の結束の強化、そして国民の倫理観の確立など、さまざまな点の考慮のうえに成り立っています。こうした全般的な目的は、きちんと設計された適切なカリキュラムによって達成されます。

 カリキュラムは一般に、特定の一校または複数の学校において教授される一連の科目と定義されます。カリキュラムが重要な理由は、教える内容、教え方、そして学習の成果を何とするかについての、完全かつ包括的な計画が含まれているからで、つまりカリキュラムは教育制度の指針です。

 国の発展における、教育制度とカリキュラムの影響力および有効性は、どんな場合であれ、無視も軽視もできません。

交通規則を守る、町をきれいに保つ、寛容や忍耐をもって振る舞う、まじめに正直に一生懸命働くといった価値観は、教育とカリキュラムを通して、子どもたちにしっかりと植えつけ、根づかせることができるのです。

 カリキュラムは、その国の教育制度に対して定められたねらい、目標、そして目的を達成するための道具です。

 教育の大切さをひとことで言うなら、教育が人を人間にするということです。教育は、人類が他の動物より優れている根拠となるだけでなく、教育を受けた者とそうでない者とに著しい差を生み出す、決定要素です。教育は視野を広げ、心を広くし、魂を知識で照らします。

 教育は、子どもの心を将来に向けて準備する重要な役割を担っているのです。

 どの国も、自国の教育目標を社会的、経済的、イデオロギー的必要性に基づいて決定します。残念ながらパキスタンでは、教育制度とカリキュラムは長年、不明確であいまいで、不安定な状態が続いてきました。第一に、パキスタンの教育制度は、言語やイデオロギーごとに分かれています。例えば英語で教える学校、ウルドゥー語で教える学校、マドラサ(イスラム教の学校)などで、これがさらに公立と私立に分かれます。第二に、カリキュラムが統一されてきませんでした。公立学校のカリキュラムは私立とは異なり、またビーコンハウス(という私学組織の)教育制度は、一般的な、英語で授業をする私立学校とはまったく違うカリキュラムを採用しています。

 その結果、市民の間に知識や創造性のレベル、社会および文化に対する価値観やとらえ方において大きな差が、またアイデンティティの葛藤が生まれています。

 さらに、教育制度全体として、児童生徒を将来の課題に備えさせるという必須の要素が欠けています。カリキュラムは、子どもが知識を得たり情報を集めたりできるようにするだけでなく、将来直面する課題について理解させるような内容と活動を含まなくてはなりません。良き市民とはどういうことか、自分の責任は何かについて手ほどきしなくてはなりません。と同時に、職業教育を施して一生の仕事に向けた準備をさせることも必要です。カリキュラムは、生徒がつきたい職業を決めるための知識を与える必要があります。

 パキスタンのような社会的文化的にきわめて多様な国が、国としてのまとまりを培い、強化するためには統一された教育制度が必要です。加えて、すぐれた教育制度により、子どもたちにパキスタンのイデオロギーの根幹の重要性を教え込み、自国が直面する内外の課題を認識させなくてはなりません。安全な環境の維持、協力した国づくり、異なる宗派や宗教とパキスタンに住む民族に関する、あるいは彼ら同士の、憎悪や誤解をなくす、そして国民意識を高め、寛容と規律の尊重を図る。輝かしい未来のために、カリキュラムはこうした主要課題に重点を置かなくてはならないのです。