オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

サポートの部 佳作 国内部門 「チャレンジ」
愛知県  福田 万里子(63歳・女性)

 地下鉄のホームに響く白杖の音。私の体は大きな耳と化し、その白杖の音を知らず知らずのうちに追う。白杖の音は次第に大きくなり、視覚障害者の姿がやっと視野に入ってくる。私は思わず安堵(あんど)する。

 人生の半分以上を盲学校で過ごしてきた私。白杖の音は私の神経を心地よく刺激するようだ。さらに危険いっぱいの中を懸命に歩く人のお手伝いをしたいという思いに駆られる。白杖の音は私の心の扉をコツコツとノックするかのようである。この一定のリズム感を伴った白杖を突く音とともに私の心に響くのは点筆の音だ。1点1点打たれていく点字は命の鼓動を思わせる。

 私はこれまでにたくさんの視覚障害者に出会ってきた。その中で殊に思い出深いのがK君だ。K君は不登校のころ一夜にして全盲となった。名古屋盲学校高等部普通科に入学した時はとうに20歳を過ぎていた。そんな彼から私は多くのことを学んだ。

 彼は模擬試験では国語の問題文は読まない。ともかく問いから読んでいく。なぜなら問題文を悠長に読んでいたならば規定の試験時間内に問題をこなすことができないからだ。彼が普通科3年の時、大学受験を控え夏休みに補習をすることになった。当時教室にクーラーなどもちろんない。おまけに名古屋の夏はとびっきり暑い。教卓に手を乗せればそこには暑さにうだった机がある。空気の重みさえ感じるような暑さの中、彼は淡々と補習を受けていた。タイプライターではなくもっぱら点字盤を使用して。また彼は英単語などは一度耳にしたものは必ずその場で覚えるという。読速度のままならない中途失明の彼にとって一瞬一瞬が記憶との勝負なのだろう。昨日何を食べたかも正確に答えられないような私は笑止千万であるが。

 私は20歳近くも年下である彼に立派な人格というものを常々感じる。彼は障害の受容という観点からもそのハードルを見事に乗り越えていた。その彼が普通科在学中に全国盲学生弁論大会に出場することになった。彼の弁論の中で私には今でも忘れることのできないくだりがある。

 阪神淡路大震災で同級生が亡くなった。優秀な彼が亡くなって自分のような者が生き残ったというのだ。私は二の句が継げなかった。人間の価値って何だろう。K君は人生を充分に生ききっているではないか。そんな彼が自分のことをここまで卑下しているのが悲しかった。彼はこの弁論大会で準優勝を獲得した。亡くなった同級生の分まで生きるというメッセージを残して。

 彼は名古屋盲学校の普通科を卒業し、大学に進学し、大学在学中アメリカにも留学。結婚・就職。その後岡崎盲学校でK君が講演する機会が訪れた。講演の中で高等部時代いかに点字を読むことに苦しんだかということを述べていた。彼が点字を読むのがいかに苦痛であったかということを知ったのは実に20年後のことであった。中途失明の彼にとって点字の読み書きは困難を窮めたことであろう。それをおくびにも出さず、自分と同じ視覚に障害をもつ生徒たちに向かっては包み隠さず正直に語りかけるK君。私はこの時ほど自分の浅慮を恥ずかしく思ったことはない。20年前国語の授業で何のためらいもなく彼に朗読を要求していたのだから。

 卒業後も時折K君と私の同僚と3人で彼の話を聞く機会がある。人との距離をこれほど絶妙に保てる人はK君をおいて他にないと思うほどだ。ベーチェット病を患う彼は常に病と向き合っている。そんな彼が強い精神力で私が想像もできないような困難に立ち向かっているのだ。英検準1級に合格しているのに最近英語の力が落ちてきたからといって再受験するという。いつも前向きで思いやりがあるK君。私は彼をサポートしているというよりも彼からたくさんのことを学んでいる。生きるとは何か。K君は私にたくさんのヒントを与えてくれた。私がこのコンクールに応募しようと思ったのもチャレンジ精神を彼から学んだからに他ならない。引っ込み思案の私を変えてくれた彼に感謝の念でいっぱいである。彼に対する感謝の気持ちを糧としてこれからも様々なことにチャレンジしていきたい。そしてK君が点字をゆっくり読んでいくように私もゆっくり丁寧に人生を歩んでいきたい。

 チャレンジのあるべき姿さりげなく教えてくれし全盲の君