オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

シニア・グループ 佳作 西アジア・中央アジア・中東地域 「イラク社会における視覚障害者の教育と自立」
イラク  カリル・ムハンマド・イブラヒム(76歳・男性)

イラクでは、すべての視覚障害者が自立するために、一様に十分な教育を受け、社会生活を送る力を身につけていると言うことはできませんが、かと言って、そうではないとも言えません。そもそもイラクは視覚障害者の自立を認めるような社会ではないので、完全な自立を求めることはできません。

イラクでは国勢調査がないために、視覚障害者の数、その性別や年齢がはっきり分からないので、教育・労働・医療・住居などを適切に提供することができません。では、イラクには視覚障害者向けの教育機関はあるでしょうか。答えはイエスです。視覚障害者を対象にした教育機関はあります。では、その数は十分でしょうか。答えはノーです。そのような施設があることをすべての視覚障害者が報道で知ったら、現在の施設だけでは全員を受け入れることはできないでしょう。

政府の調査や社会の調査から漏れている視覚障害者がいるため、その数が把握できず、科学で高い成績を挙げた人の中でも視覚障害者の割合がどれくらいかを確認することができません。しかし、たとえ数は少なくても、晴眼者に引けを取らない成果を収めています。

さらに、政府の福祉に全面的に頼っていて、子どもの教育について考える余裕のない家庭もあります。つまり、それは可能であれば勉強をしたいと考えている人がいるということです。

視覚障害者の可能性を広げる法律も妨げる法律もありますが、障害者はさまざまな努力をして、妨げとなる法律を乗り越えています。

視覚障害者が学び働くことができれば、経済的な自立を獲得できます。現代の各種機器によって、自立した生活をすることが容易になりました。

経済力があって職業上高い地位にある多くの晴眼者は、助手に車の運転をさせたり、コンピューターや携帯電話、その他の最新の機器を使わせたりしています。他方で、たとえ視覚障害者ができる限りの自立を獲得する手段を身につけたとしても、社会には視覚障害者の能力を認めない人がいますし、また仮に認めたとしても、視覚障害があるというだけで、雇用しないという人もいます。視覚障害者は、障害が理由で就職できなければ法廷に訴えるしかありません。法廷に訴えて勝訴し、仕事で成果を出すことが、視覚障害者の雇用を拒否する人たちを納得させる最良の方法なのです。

高校を卒業した時、私を含め視覚障害のある他の卒業生たちも、科学の成績が優秀だったのですが、大学の学長から入学を認められませんでした。私たちの先輩で視覚障害者である教師たちが、高校で科学的能力、教育的能力を証明していたにもかかわらず、そうだったのです。

私たちはできる限りの努力をしました。しかし、ようやく入学が認められたのは学長が交代し、この入学拒否決定の背後にいた事務長が退職した後でした。単に私が力を持ったグループに属していなかったという理由だけで、私の大学教育を受ける機会は22年も遅れました。大学入学を希望するのであれば、その力を持ったグループに所属することが必要だったのです。では、独学と大衆文化を楽しむこと以外に、私に何ができたでしょうか。

社会には大きな役割があります。しかし、個人の努力次第で社会の重要な一員になることもできる一方で、社会から排除されることもあります。私はイラク作家連盟で影響力のある立場にあるので、記事や書物を書くことによって、視覚障害者を支援し、改善できることを提案しています。しかし、すべての視覚障害者が同じようにできるでしょうか。他の人ができることなら、私にも何でもできるのでしょうか。

人は誰にでもその人特有の能力や才能があります。ただ、それを活用するかしないか、それだけです。