オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

優秀賞 国内部門 学生の部 「はずれてきた鎧」
静岡県立浜松視覚特別支援学校高等部普通科3年  川嶋 健太(18歳・男性)

「盲学校にいると、どうしても世界が狭まってしまいます」
小学5年のある日、担任から言われた言葉です。当時の小学部は6人という少ない人数でしたが、楽しい毎日を過ごしていました。その中で言われたひとこと。子どもの私には大きな衝撃でした。

 今考えれば、クラスは6年間一人きり、障害の重複する生徒も多く、私は先生と話すことがほとんどでした。一般の学校では考えにくい光景です。狭い世界と言えるのではないでしょうか。

 年齢が上がるにつれ、広い世界に出たいと思うようになりました。と同時に、あの日の先生の言葉の意味も深く考えられるようになりました。視覚障害があると概念形成が難しく、幼少期から教育相談などへ通い、概念形成をしてきたつもりでした。自分では分かっているつもりになったまま高校生になりました。兄弟が健常者ということもあり、そのつながりも多かった私は、どこかにあこがれがありました。人数の多いクラス、何気ない会話。週末は友達と出掛けてくるなどと聞くと、その気持ちは一層強くなりました。しかし、どうしたらよいのか分からずふさぎ込む日々が続きました。1歩も外に出ない週末も何度もありました。あこがればかりが強くなり落ち着かない毎日。このままではいけない。何かを始めたいと思うようになり、探していました。

 そして、以前から興味のあった目と耳の不自由な人、いわゆる盲ろう者の移動とコミュニケーションをサポートする、通訳介助者の養成講座に通うことにしたのです。情報収集に障害のある人たちに音と光を届けたい。また、盲ろう者にはいろいろなコミュニケーション方法があります。幼少期から点字を使用してきた私は、点字タイプライターや、指点字通訳などができるのではないかと思ったからです。初日、私の席に一人の盲ろう女性があいさつにみえました。先天性の弱視でしたが、15歳の時にわずかに残っていた視力を失い、その後難聴が進行し全盲ろうになったそうです。彼女とのコミュニケーションは指点字。初めてその手に指点字を打った時、とても緊張しました。でも、
「読みやすいね。もう通訳に入ってもらってもいいぐらい」
と言われました。これならやっていけるのでないかとうれしくなりました。音と光の入らない・入りにくい世界に生きる盲ろう者は暗いイメージでしたが、講座で講師をするみなさんはとても明るくいろいろなお話をしてくださいました。もし私から聴力がなくなったら全盲ろうになるわけですが、こんなに明るくはいられないと思います。テキストを全て点訳していただいたり、野外実習で手引きをつけていただいたりとたくさんの人に支えられ、無事、全日程を修了することができました。そして、盲ろう者向け通訳介助者資格が取れました。18歳になるこの9月から活動することができるので、会議などで通訳をしたり交流を深めたりして、技術を磨いていきたいと思います。

 講座に通う中でいろいろな人と関わり、自然と気持ちも明るくなりました。物事を前向きに考えられるようになってきました。普段、何かと助けを借りることの多い私は、どうしても申し訳なさが先にたってしまいます。だからこそ、このように人の役に立てるのは本当にうれしいのです。将来の夢も変わりました。大学で福祉を学び、視覚障害当事者として支援をしたいと思っています。

「盲学校にいると世界が狭まる」。長いことその意味が分からず、マイナスに捉えたり落ち込んだりしていましたが、このような形でとてもよい影響を与えてくれました。 12年間の盲学校生活。東京へ行き人数が格段に増えたこともありましたが、それでもまだ自分の世界は狭いと思っています。もし大学に入ったなら周りは健常者ばかり。世界は広がると思いますが、そこでうまくやっていけるのかは心配です。

 分かったつもりになっていた自分。分かったふりをして意地を張ってしか生きられなかった自分。本当はそんな自分が嫌いでした。ですが最近、強いつもりでいたということに気がつきました。強い自分という鎧が少しずつはずれるように、自分の弱さを受け入れられるようになってきた気がします。そうすることで心に余裕が出てきましたし、何より楽に生きられるようになりました。

 弱い自分を受け入れること。それはとてもつらいことですが、とても大切なことだと思います。自分の偏った考えに気付くだけでなく、いろいろな人たちの考えを受け入れて、もっと世界を広げていきたいと思います。