オンキヨー世界点字作文コンクール ONKYO WORLD BRALLE ESSAY CONTEST

国内部門 最優秀オーツキ賞 「かけがえのない出会いをありがとう」
東京都  木川 友江(52歳・女性)

 4月に入って間もないある朝、中学生の頃仲良くなった友達から何年ぶりかでメールが届いた。
「友ちゃんに報告したいことがあります。私の長年の夢がとうとう叶いました・・・」
通勤電車の中で彼女のメールを読みながら、私の心は、30年以上も前の中学生の頃へと飛んだ。

 私が中学2年の頃から、松本盲学校は、隣の中学校と年間を通じて交流するようになった。各学年が一つのクラスに所属して、一緒に授業を受けたり、行事に参加したりする。私たちのクラスに、いつも私の隣にいてさりげなくサポートしてくれる女の子がいた。文化祭の音楽会では、そのクラスのメンバーとして彼女の隣でビートルズの「LET IT BE」を歌った。その子と机を並べて道徳や国語などの授業も受けた。点字の教科書を読む私を見て
「私たちと同じ教科書が読めるんだね」
と感心し、点字を習いたいと言ってくれた。少人数の盲学校で育った私にとって、たくさんの仲間と食べる給食も新鮮だった。

 交流を重ねるうちに私たちの仲は深まり、学校以外でも度々会うようになった。日曜日に待ち合わせて、 ファストフード店でおしゃべりしたり、かわいい文房具や雑貨を見て回ったりした。その子の家に遊びに行かせてもらうと、ご家族みんなで温かく迎えてくださった。

 中学を卒業して、これからはお互いに別々の高校生活が始まるという春休み。私たちはこれからの夢や進路について語り合った。その女の子は、私にこう言ってくれた。
「私ね、もっともっと友ちゃんのことを知りたいから、盲学校の先生になるからね」
「わー、うれしい。松本盲学校の先生になったりしてね」
「うん。そうなったらすごいよね」
そんな風に話しながらワクワクしたことを今でも覚えている。

 彼女は高校を卒業すると、本当に、盲学校教員養成課程がある大学に進学。そして、盲学校の教員の資格を取って郷里に帰ってきた。彼女の最初の赴任地はろう学校だった。それから、いくつかの学校で経験を積んで、結婚、子育てと忙しい年月が流れた。だんだん会う機会が少なくなり、年賀状でお互いの近況を伝え合う程度になっていった。そんな彼女から届いたメールだった。
「友ちゃんに報告したいことがあります。私の長年の夢がとうとう叶いました。私、この4月から、松本盲学校の先生になりました。実家の両親に話したら、夢が叶ったねと、とても喜んでくれました。私が盲学校の教員になりたいと思えたのは、友ちゃんがいてくれたからです」
満員電車の中で、私はあふれる涙を抑えることができなかった。
「友ちゃあーん、やっほーー」
という、彼女の澄んだ大きな声と、駆けてくる足音。会えた時にはいつだって抱き合って喜んでいた私たち。恋のこと、勉強のこと、部活のこと、なんでも話し、一緒に笑いこけていた。中学生の頃の私たちの姿が、いくつもいくつも浮かんできた。そして、もらったメールを何度も読み返しながら、たまらなく彼女に会いたくなった。

 それから2週間後、私たちは何年ぶりかで再会した。子供の頃のような真っすぐな気持ちで言葉を交わし、明るく笑う私たちも、お互いの健康を気遣い合い、親の介護の悩みを打ち明け合う年齢になっていた。

 思えば、私にとって初めて心を通わせることができた健常者の友達がこの人だった。私に寄り添い、障害も含めて私のことを知りたいと言ってくれた人。お互いのことが大好きで、友情を深めてきた私たち。こんなすてきな出会いがあったからこそ、私は、健常者に対して恐れたり警戒したりすることなく、自然に心を開ける大人になれたのだと、彼女と再会して改めて気付いた。

 これからの人生、障害があることで生きづらいと思うこともあるだろう。けれど、彼女とのキラキラした出会いを思い出したら、きっと、明るく真っすぐな気持ちで生きていかれる。私の友達になってくれてありがとう。私の心の中でずっと輝き続ける最高の宝物をありがとう。東京に戻る電車の中、私の心は、新たな感謝と喜びで満たされていた。